766荒井信一著『コロニアリズムと文化財――近代日本と朝鮮から考える――』

書誌情報:岩波新書(1376),xiii+206頁,本体価格720円,2012年7月20日発行

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アイヌ民族子孫,北大を提訴へ 先祖の遺骨返還求める」の記事(→http://www.asahi.com/national/update/0912/TKY201209120213.html)を目にしたことが本書を手にとらせたのかもしれない。学術調査や研究名目で貴重な遺物が発見場所や元所有者に戻らないことはすくなくない(関連エントリー参照)。日本にある朝鮮半島由来の文化財は認知されているものだけで2万9000点,個人のコレクターによって所蔵されているのはなんと30万点ちかくにおよぶという。
朝鮮併合前後から巨大な朝鮮古物市場が形成され,遺跡や寺院などの荒廃や破壊,国宝クラスの石像美術品や仏像などの売買があった。著者は「おそらく一攫千金を目指した日本人の間から,古美術品のコレクターや売買を職業とする骨董商が多数生まれ,文化財関連のマーケット・ブームを促す状況があった」(48ページ)と推測している。また,「日本の近代学術が戦争により,また戦争のために発展してきた側面」(94ページ)を指摘し,朝鮮文化財植民地主義からの清算による「文化財の現状復帰」の必要性を論じている。あえてカタカナ英語で「コロニアリズム」と表現する意味は読み取れなかったが,日韓二国に限定しない国際的視点からのコロニアリズム清算論が光っている。
エジプト新王国時代の墓から剥ぎ取った壁画の返還(ルーブル美術館),スペインのニカラグアへの文化財返還,ドイツのイラクの古遺物の返還,ロンドン大学のエジプトへの古遺物の返還,日本の韓国への『朝鮮王室儀軌』の返還,フランスの韓国への貴重図書の返還などハーグ条約(1954年)やユネスコ条約(1970年)を踏まえた「現状復帰」が進む一方,ギリシャの「エルギン・マーブル」やエジプトの「ロゼッタ・ストーン」(いずれも大英博物館蔵)の返還は実現していない。
初代朝鮮総督寺内正毅が集めた図書・書画は山口県立大学からごく一部返還され,『朝鮮王朝実録』は東京大学からソウル大学に「寄贈」された。京都大学にある「河合弘臣文庫」には当時江華島の史庫にあった「略奪」した書物を多く含んでいる。文化財植民地主義はまだ清算されていないのだ。
「歴史資料などの文化財は,その成立した環境・背景におくことによりその真価が理解できる」(189ページ)。まさに正論であろう。