097経済学史学会第75回全国大会参加記

昨日の初日は,第1会場の生越利昭(兵庫県立大学)「経済学形成期における労働観の変化」と第2会場の小峯敦(龍谷大学)「大学行政官としてのケインズ――1920年代初頭,ケンブリッジの女性学位問題――」を聴く。昼に行われた総会で,来年度の大会開催を当初の福島大学にすべきであるという評者の希望が叶わず,小樽商科大学に決まったということもあり,傷心したままの参加だった(この事情についてはすでに河北新報の報道がある→「経済学史学会全国大会 福島開催再び断念 総会で採決」(http://www.kahoku.co.jp/news/2011/11/20111106t65010.htm))。

宿泊は京都大学関係の施設である。パックで予定していたホテルは四条近辺で高かったため,素泊まりだが格安の○○会館にした。別の△△会館とともに大学に近いのがいい。京都市内のホテルの手配ができず大津や大阪に泊まっていた知り合いが多かったのを尻目に,前日に確保できたマル秘の宿泊施設である。やけ酒を飲んで悶々とした一泊だったのが残念だ。
百万遍はずいぶん様変わりした。有斐閣思文閣などはそのままだが,毎日のように通った唐揚げが美味しかった定食屋はなくなっていた。喫茶店の学士堂は潰れ,プランタンもあとかたもない。交差点にあった銀行はドラッグストアになっていた。小さな郵便局は昔のままだった。京都大学は建物といい駐輪スペースといい過密さが目立つようになった。圧迫感・狭隘感がある。正門から時計台までが以前のままだ。
朝,水田洋・珠枝両先生とご一緒したあと,第2会場の中川辰洋青山学院大学)「「資本」概念の生成と展開に関する一考察――テュルゴー学説の貢献とその足跡にみる問題点――」では司会をこなし,第1会場の竹本洋「関西学院大学)「「内田・小林論争」考」(充実したレジメはさすが)を聴く。
昼食は時計台のフレンチレストランが混んでいたためあえなく抜きで午後のセッションに出る。「1910〜20年代におけるマルクスエンゲルス著作の翻訳=普及」では,渋谷正「『ドイツ・イデオロギー』の櫛田・森戸訳と廣松渉版」,玉岡敦(東北大学・院)「『共産党宣言』邦訳史」,久保誠二郎東北大学・院)「『日本マルクス主義文献』と大正・昭和初期のマルクス・ブーム」,大村泉(東北大学)「昭和初期における2つの『マルクスエンゲルス全集』企画とコミンテルンの動向」の各報告で大村報告へのコメンターをする。各報告ともこれまで明らかでなかった戦前期のマルクス主義普及の実態を紹介するもので,探索の苦労をしのばせるいい報告だった。
4時過ぎに終了し,タクシーで一緒した,はなちゃんファンクラブ東京支部長(評者が勝手に命名)・若森さんを無理矢理誘い,昨日思わぬ再会を果たした卒業生とお茶をする。