994笹沢信著『評伝 吉村昭』

書誌情報:白水社,417+xii頁,本体価格3,000円,2014年7月5日発行

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司馬史観と呼ばれる司馬遼太郎の作品はフィクションを交え英雄的な活躍を特徴とした。吉村昭の禁欲的な文体と事実をもって語らしめる姿勢は歴史家のそれに近い。著者(ペンネーム)は「小説作法の相違」(357ページ)と言うが,「そもそも小説としてのジャンルがまったく異なっている」(末國善己「”史伝”の復権」,本書357ページから孫引き)が評者の理解に近い。1999年の第1回司馬遼太郎賞の受賞を断ったことに「通称”司馬史観”とされるものに対する(吉村の:引用者注)拒否と考えることはできないだろうか」(356ページ)とする著者の指摘は正しいように思う。
そんなエピソードを含む本書は,著者が吉村の全著作129冊を読み込み,自筆年譜や「あとがき」などを参照してまとめ上げた吉村作品解読を中心とした評伝である。初期の死を意識した同人雑誌掲載作品,4度の芥川賞落選や太宰治賞と菊池寛賞などの受賞,『戦艦武蔵』での実質的なデビュー,長編歴史小説にいたる吉村の軌跡が描かれている。
吉村は取材旅行で北海道を150回以上,長崎を108回訪れたという。愛媛県宇和島も多くの作品になっている。『海の鼠』は宇和島沖の戸島・日振島,「闇にひらめく」と「研がれた角」(ともに『海馬』所収)は宇和島――ちなみに「闇にひらめっく」はカンヌ映画祭パルム・ドールを受賞した『うなぎ』の原作――,『ふぉん・しいほるとの娘』は卯之町,『総員起シ』は松山沖,『虹の翼』は八幡浜,『長英逃亡』は宇和島卯之町,がそれぞれ舞台だ。
三陸海岸津波』と『関東大震災』の増刷分印税全額が,吉村生前から繋がりがあり吉村自身「文学の出発点」である岩手県田野畑村に寄付されているという。そんな一節も末尾に書き込んであった。
著者は本書を脱稿した後亡くなっており,本書は文字どおり遺作である。山形縁の『ひさし伝』(新潮社,2013年,[isbn:9784103320715]),『藤沢周平伝』(白水社,2013年,[isbn:9784560083192])も読みたくなった。
ちょうど一年前の今日,初めて山形に行ったのだった。山形在住の文学研究者だった著者ともなにかの縁ということだろう。