1206布施哲著『米軍と人民解放軍――米国国防総省の対中戦略――』

書誌情報:講談社現代新書(2277),312頁,本体価格880円,2014年8月20日

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今年になってから中国海軍の空母「遼寧」が南シナ海での主力戦闘機「殲15」の発着艦訓練の模様や台湾を一周したことが報じられた。ターゲットは日本ではなく台湾であり,アメリカ(の空母)である。
トランプ政権のマティス国防長官が来日し,尖閣諸島日米安保の防衛対象に入ると明言した。中国を念頭においた発言である。
米中のごく最近の動きからもわかるように,アメリカは中国を,中国はアメリカを強く意識している。本書は国防総省の対中戦略から読み解く中国の戦力・戦略分析であり,沖縄と日本の「安全保障」上の位置を考えるうえで参考になる。
「嘉手納は中国のミサイルの射程やロシア製最新鋭戦闘機の戦闘行動半径に入るなど,いわゆるA2/AD(台湾有事の際に人民解放軍が発揮する「アクセス阻止・領域拒否」能力のこと)環境下にあり,その脆弱性が指摘されていた。ミサイル攻撃にさらされる嘉手納に戦力を集中する危険性が,専門家から指摘され始めた一方,沖縄では米海兵隊の県外移転を強く求める圧力が高まり,日本政府が移転費用を一部負担する形でグアムへの移転を決定した。より安全な拠点に持参金付きで移る話は,米軍にとって渡りに船だった。これがいわば敵に塩を送る措置であることの意味を理解する数少ない日本人は,誰も声を上げることはなかった」(232ページ)。沖縄や日本ではなく,「距離の専制」のもと(対中)軍事拠点の戦略的配置を考えるアメリカの意図を衝いている。
中国の台湾有事のシナリオはこうだ。「正面からぶつかれば米軍に各個撃破される人民解放軍は,緒戦で米軍と自衛隊を一気に叩いて一定期間,行動不能に陥らせ,その勢いで台湾を屈服させ,「台湾解放」あるいは「台湾降伏」の既成事実を作っていまう短期決戦しかな」(236ページ)い。標的になるのは米海軍の空母と日米のイージス艦,グアムと嘉手納に終結している各種航空戦力,米軍と自衛隊の活動を支える横須賀,岩国,佐世保のロジスティックス機能,九州以南のレーダーサイト,那覇,新田原,芦屋(福岡)の航空自衛隊である。
中国は空母には空母,戦闘機には戦闘機をもってするのではなく,ミサイルによって高価な空母や戦闘機を無力化させる非対称アプローチを考えているという。
中国人民解放軍のうち陸上戦力が約3分の2を締め続け,海軍の予算は全体の10分の1である。しかし,経済成長を続けるためのエネルギーと食糧を供給し続けることは「中国で一党独裁を続ける共産党にとって,死活的に重要」で,「海軍は中国の影響力を拡大させ,エネルギーや食糧を確保し,共産党一党独裁体制を維持し続けるためのツール」(70-1ページ)である。
尖閣に現れる「海警」は水上警察,海洋管理機関であるとともに準軍事組織でもある。「大幅な予算カットの大ナタが振るわれた時,予算の削減に不満を募らせた準軍事組織が自己の存在のアピールや予算獲得を目的とした,北京に対する示威行動のために尖閣東シナ海で強硬行動をとることを筆者は最も懸念する」(83ページ)。