通し番号 | 種類 | 月日 | 題名・書名 | 掲載紙誌・発行所 |
195 | 論説 | 1 | 個体的所有概念との出会い――労働と所有のディアレクティーク――覚え書(中の続))*1 | 『思想』(岩波書店)第619号,pp.94-109 |
196 | 論説 | 2 | 個体的所有概念との出会い――労働と所有のディアレクティーク――覚え書(下)*2 | 『思想』(岩波書店)第620号,pp.84-97 |
197 | 論説 | 3 | 剰余価値概念の再検討*3 | 『経済セミナー』(日本評論社)第254号,pp.80-96 |
198 | 討論 | 4.13 | 個体的所有概念との出会い(千賀重義ほか4名,平田清明) | 『香川大学新聞』(香川大学新聞会))第149号,pp.4-5 |
199 | 論説 | 6.4 | 「独裁」概念の放棄か,豊富化か | 『朝日ジャーナル』(朝日新聞社)第18巻第22号,pp.91-98 |
200 | 論説 | 6.4 | フランス共産党の公開党内論争 | 同上誌,pp.91-92 |
201 | 翻訳 | 6.4 | エチエンヌ・バリバール「プロレタリア独裁について」(『ユマニテ』1976年1月22日) | 同上誌,pp.93-96 |
202 | 翻訳 | 6.4 | ギー・ベス「E.バリバールへの反論」(『ユマニテ』1976年1月23日) | 同上誌,pp.96-98 |
203 | 論説 | 7 | フランス人民連合の自己認識――プロレタリア独裁概念の放棄に寄せて――*4 | 『世界』(岩波書店)第368号(特集:先進国革命の検討),pp.68-95 |
204 | 対談 | 7 | 個体的所有・市民社会・プロレタリア独裁――概念の再把握のために――(編集部,平田清明) | 『現代の理論』(現代の理論社)第150号(復刊150号記念特集:現代と社会主義・共産主義),pp.31-65 |
205 | 論説 | 7.9 | 放棄決定後のプロレタリア独裁――大統領も介入したフランスの場合――*5 | 『朝日ジャーナル』第18巻第27号,pp.30-34 |
206 | 対談 | 8 | 先進国革命をどう捉えるか(井汲卓一,平田清明) | 『世界政経』(世界政治経済研究所)第5巻第8号(通巻第54号)(特集:現代革命の視座),pp.126-147 |
207 | 討論 | 9 | 考えよう,新しい変革への道――『市民社会と社会主義』から――(平田清明,大島喜四郎,長田真,堀木学,松葉誠一郎) | 全電通学習誌『あすど』(アスド:全電通労働学校団結の家)第8号,pp.56-67 |
208 | 抄訳 | 9.29 | 地中海世界と中世ヨーロッパ――ソルボンヌ大J・エルス教授の講演から―― | 『中日新聞』 |
- 1976→本エントリー
- 1975→https://akamac.hatenablog.com/entry/20080202/1201944749
- 1973・1974→https://akamac.hatenablog.com/entry/20080131/1201772682
- 1972→https://akamac.hatenablog.com/entry/20080129/1201600381
- 1971→https://akamac.hatenablog.com/entry/20080128/1201514523
- 1970→https://akamac.hatenablog.com/entry/20080124/1201172832
- 1969→https://akamac.hatenablog.com/entry/20080119/1200735988
- 1968→https://akamac.hatenablog.com/entry/20080116/1200477817
- 1967→https://akamac.hatenablog.com/entry/20080112/1200129415
- 1966→https://akamac.hatenablog.com/entry/20080109/1199867421
- 1965→https://akamac.hatenablog.com/entry/20080107/1199698849
- 1964→https://akamac.hatenablog.com/entry/20080104/1199430575
- 1963→https://akamac.hatenablog.com/entry/20071227/1198747664
- 1962→https://akamac.hatenablog.com/entry/20071224/1198479092
- 1961→https://akamac.hatenablog.com/entry/20071222/1198307933
- 1960→https://akamac.hatenablog.com/entry/20071220/1198148673
- 1959→https://akamac.hatenablog.com/entry/20071217/1197885680
- 1958→https://akamac.hatenablog.com/entry/20071214/1197624488
- 1957→https://akamac.hatenablog.com/entry/20071212/1197452323
- 1956→https://akamac.hatenablog.com/entry/20071211/1197366729
- 1955→https://akamac.hatenablog.com/entry/20071208/1197105183
- 1954→https://akamac.hatenablog.com/entry/20071206/1196906658
- 1953→https://akamac.hatenablog.com/entry/20071203/1196673924
- 1952→https://akamac.hatenablog.com/entry/20071201/1196492253
- 1951→https://akamac.hatenablog.com/entry/20071127/1196159265
- 1950→https://akamac.hatenablog.com/entry/20071125/1195979722
- 1940-1949→https://akamac.hatenablog.com/entry/20071123/1195804827
- 「掲載にあたって」→https://akamac.hatenablog.com/entry/20071121/1195626303
*1:収録→No.363『経済学批判への方法叙説』(岩波書店,1982年10月)「IV:個体的所有概念との出会い――労働と所有のディアレクティーク――」pp.283-307。
*2:収録→No.363『経済学批判への方法叙説』(岩波書店,1982年10月)「IV:個体的所有概念との出会い――労働と所有のディアレクティーク――」pp.307-323。
*3:収録→No.274『社会形成の経験と概念』(岩波書店,1980年2月)「第1部:社会認識の経験と概念」のIII,改題「批判的自己了解の学としての経済学――日常語としての「剰余価値」とその概念――」pp.94-135。
*4:収録→No.274『社会形成の経験と概念』(岩波書店,1980年2月)「第2部:社会闘争の経験と概念」のI,改題「プロレタリア独裁概念の放棄」pp.167-221。
*5:収録→No.274『社会形成の経験と概念』(岩波書店,1980年2月)「第2部:社会闘争の経験と概念 I[付論]」,原題ママpp.221-236。