113鈴木謙介著『ウェブ社会の思想――<遍在する私>をどう生きるか――』

書誌情報:NHKブックス(1084),265頁,本体価格1,070円,2007年5月30日

ウェブ社会の思想 〈遍在する私〉をどう生きるか (NHKブックス)

ウェブ社会の思想 〈遍在する私〉をどう生きるか (NHKブックス)

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ウェブ社会の到来は明るくない,「ゲットー」であり,「絶望のベッド」だとまでは言い切っていないが,個人と社会の両面からウェブ社会に生きることの意味を冷静に,かつ批判的に読み解こうとした書物だ。
主題は,情報社会における宿命の前景化である。個人情報の集積ができるようになって,一面では意外な選択肢を取得できるようになったが,また他面ではそれ以外の選択肢がありえなくなってしまう。著者は未来の選択肢があらかじめ見えてしまうこと,「わたしを先回りして立ち現れるようになること」(17ページ)・「あらかじめ決められた未来」(103ページ)を宿命の前景化と呼ぶ。なるほど先が見えてしまう(「可視化」ともよんでいる)ことが,将来の閉塞感と民主主義や自由の形骸化につながるだろう。
同時に,ウェブ社会や情報の集積はこの世界に生きるわれわれの意に反する動きへのプロテストや制度設計への関与によって変わる可能性も持っている。王冠を被ったリヴァイアサン的なにものかにわれわれの未来を委託すべき義務も必然性もない。宿命が前景化されているかのように見えるだけではないのか。
ユビキタスとバーチャルの融合を論じている個所が象徴的だ。セカンドライフの最大の特徴をバーチャル世界の通貨と現実の通貨とが交換可能であることとしている。たしかに「事実上,現実の通貨を刷っているのと同じ」(77ページ)・「ポイントは,ゲーム内の取引にも用いられるが,同時に,現実の世界においての決済手段ともなる」(82ページ)現象は,バーチャル世界の現実世界への浸透のようだ。だが,こう捉えられるとすれば,あの第2の通貨「円天」となんら異なることはない。現実には,そして結局は円やドルなどの現金貨幣もしくは預金貨幣によるしかない事実は不変のままなのだ。