192マルクスの「資本主義」用語

「資本主義」Kapitalismus, capitalism についての続編。マルクスが使っているのか,あるいは最初に使ったのは誰かなどフォローがあった。

正確に言うと,マルクスが生存中に公刊した著書や論文などでの使用例はまったくない。未定稿の原稿やノートへの書き込み,手紙にはわずかながら「資本主義」 Kapitalismus, capitalism の表現はある。文例などは一切省略して事実のみを書く。
【下に出てくるMEGAとはMarx Engels Gesamtausgabeの略で,ふつう新MEGAと呼んでいる。「新」とは,1930年代に計画され,スターリンの粛正で挫折したプロジェクトを継承しているからである。全4部門112巻,124冊の刊行予定で,このうち半数の62冊が刊行済み。従来よく知られていた『マルクスエンゲルス全集』は「著作集」(Marx-Engels Werke)であった。日本語ではすべて大月書店から出版されていた。全53巻・4万ページが6枚のCD-ROMに画像データとして『CD-ROM版 マルクス・エンゲルス全集』(大月書店)になっている(2002年3月に第2版)。さらにいえば,モスクワとアムステルダムにあるマルクスのオリジナルのフォトコピー(『経済学批判要綱』として有名な草稿)は『マルクス自筆原稿 ファクシミリ版 経済学批判要綱』(全9冊,大月書店,1997年)として再現されている。150部限定で85万円したはずだ。】
(1)まず,マルクスの未定稿やノート類には3個所である。
1861-1863年の草稿(「ノートVIII」といわれるもので,MEGA, II-3.3. S.1114, 1115に見開きページで原稿の写真が掲載されている)。ここの「資本主義」は"d.Capit."と読めるようなもので,Kapitalismus でも capitalism でもない。MEGA編集にあたって,編集者はこれを"der Capitalismus"と英語・ドイツ語ちゃんぽんで書いてあると解読したものである。もちろん異論もあって,"das Capital"とも読める。この個所は『剰余価値学説史』部分にあたり,『マルクスエンゲルス全集』にも掲載されている。MEGAを翻訳した『マルクス資本論草稿集⑥』(大月書店,692ページ)にある。
資本論』第2部の初稿(第2部用の原稿は大きくは8稿あり,その最初のもの。1863-1867年の草稿で,MEGA, II-4.1, S.358に解読文,S.361に写真が掲載されている)。この部分も"d.Cpitlsms"とでも読めるもので,MEGA編集者が"der Capitalismus"と解読したものである。
現行『資本論』第2部(1877年〜1878年に書かれた草稿をもとに,エンゲルスが『資本論』に採り入れたもの)。ここではドイツ語で"der Kapitalismus"と書いている部分である。MEGA, II-11(『資本論』第2部の草稿), S.682, II-12(同編集原稿), S.94, II-13(同第2部), S.111に同一文章が再現されている。ちなみに,この3巻はMEGA編集の中心として日本人が関わった歴史的記念碑的書物である(11は2008年,12は2005年,13は2008年に刊行。さらに,第IV部門17,18,19の編集に参画している。)。
(2)手紙類
エンゲルス宛の手紙」(1870年9月14日付)でシェフレの本について触れ,「資本主義と社会主義うんぬん」(Kapitalismus und Socialismus etc.)と書いている。また,「アドルフ・ワーグナー著『経済学教科書』への傍注」(1879年後半から1880年11月まで)でもシェフレの本を引き合いに出すかたちで Kapitalismus と述べている。「『祖国雑誌』誌編集部宛の手紙」(1877年11月頃」では,capitalisme とフランス語表記で,「ダニエリソン宛ての手紙」(1879年4月10日付)では Kapitalismus (ただし,英語の手紙なので capitalism と書いた可能性あり),「ザスーリチ宛の手紙」(1881年2月末から3月初め)「第1草稿」では Kapitalismus(原文のフランス語では la production capitaliste)となっており「第2草稿」ではフランス語で capitalisme である。この手紙はその後3稿,4稿と修正が加えられ,capitalisme という言葉は消えている。
(3)エンゲルスの場合は,『イギリスにおける労働者階級の状態』「1892年ドイツ語版への序文」(ドイツ語),『共産党宣言』「イタリア語序文」(フランス語)1893年2月1日,「ダニエリソン宛の手紙」(英語)1893年2月24日と10月17日で計6回,『ロシアの社会状態』「あとがき」(ドイツ語)1894年で2回の使用例がある。すべてマルクス死(1883年)後である。
「資本主義」という言葉は19世紀中葉には使われていた言葉ではあったが,「資本主義」探索は,パッソウ(Richard Passow)の Kapitalismus (1918)という本が先鞭をつけ,『資本論』出版後,シェフレの著書(1870年)によって普及し,ゾンバルト『近代資本主義』(1916年,1927年)によって定着したというのが通説になっている。日本語ではどうだったのかについてはあらためて触れようと思う。