531三宅正樹著『スターリンの対日情報工作』

書誌情報:平凡社新書(540),255頁,本体価格780円,2010年8月10日発行

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当然のことながらゾルゲ事件の解剖も本書の柱だ。ゾルゲは,ヒトラーの対ソ軍事攻撃や独ソ開戦後における旧日本軍の対ソ戦略に全力をあげた。尾崎秀実はゾルゲを旧ソ連赤軍第四本部所属ではなくコミンテルン所属と信じ込んでいたがゆえに協力したのではないかという。ゾルゲの諜報組織が赤軍第四本部に属すると認識していたドイツ人無線技師マックス・クラウゼンの調書をもとに,「ソ連と日本との間を戦争に導かぬように努め,もし将来日ソ戦が勃発した場合には,日本を敗戦に導くか,少なくとも疲労させてプロレタリアート革命の勃発及び遂行を容易にする」(94ページ)目的があったことを見抜く。
ところが,旧ソ連の対日情報工作はゾルゲだけではなかった。本書のもうひとりの主人公クリヴィツキーはのちにスターリンに反旗を翻したが,日独防共協定(1936年11月)成立する前にその可能性を本国に伝えていた。ソ連本国では日本の暗号解読者セルゲイ・トルストイの手によって日本の外交機密電報が完璧に捕捉され,対ソ戦放棄(=南進)という日本の動きは筒抜けだった。
いまひとつ,「エコノミスト」という暗号名をもつ日本政府内の日本人スパイがいたこととそのスパイの特定を試みている(西木正明著『ウェルカム トゥ パールハーバー(上・下)』角川学芸出版,2008年,[isbn:9784046211767][isbn:9784046211774],での「エコノミスト」とは別人物)。
スターリンゾルゲよりもトルストイや「エコノミスト」の情報を重視したという。
新書ながら本書によってスターリンの対日情報工作のうちゾルゲ,クリヴィツキー,「エコノミスト」(仮説を含むが)の線はほぼ明らかになった。「情報(インテリジェンス)の昭和史」(234ページ)から描く現代史はそれでも多くの謎を残している。