624小尾俊人著『昨日と明日の間――編集者のノートから――』

書誌情報:幻戯書房,291頁,本体価格3,600円,2009年10月10日

昨日と明日の間―編集者のノートから

昨日と明日の間―編集者のノートから

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出版社(者)や編集者の記録類も評者の積ん読のひとつになっている。出版人が同時代の知を担う著名人とのコネクションや発掘を経て編集・出版を通して大きな影響力を持った時代は確実に存在した。専門知にしろ大衆知にしろ印刷メディアがそのおもな担い手だったことと軌を一にしていた。著者はみすず書房創業者のひとりであり,時間差50年以上にもなるエッセイ集は「人や本,社会のかたち」をさまざまに描いている。タイトルは,編集者として関わった丸山眞男著『戦中と戦後の間』(みすず書房,1976年,[isbn:9784622003915])からか。
生松敬三を偲んだ短文では「よい翻訳には3つの条件がいる。(1)内容の理解力。(2)外国語の力。(3)母国語の力。いずれを欠いても翻訳はできない。(中略)故人(生松のこと:引用者注)はこうした稀な資質を持った一人」(110-111ページ)と追悼している。明治時代に経済雑誌社を興し週刊誌『東京経済雑誌』を発行した田口卯吉を「出版者・編集者・ジャーナリスト」として再評価し,東京経済学講習会から東京経済学協会への展開過程でスミス『国富論』(当時は『富国論』)の全訳完成に尽力したことを発掘している。
「さまざまなメディア(知識媒介体)の出現によって,洪水のように情報が溢れ,情報の取捨のなかに迷いこんだ社会は,大きな人間疎外状態に置かれている」(95ページ)は長く出版にかかわってきた著者の本音の述懐だろう。
精興社印刷本はやはり「細身かつ端麗なツルのおもむきがあり,華奢でありまた上品」(前著『本は生まれる……』,223ページ)だ。