801アビジット・V・バナジー/エスター・デュフロ著山形浩生訳『貧乏人の経済学――もういちど貧困問題を根っこから考える――』

書誌情報:みすず書房,370+xxxii頁,本体価格3,000円,2012年4月2日発行

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世界の貧困という大問題を大上段に構えず平易な言葉(訳者の功?)で考え,「やればできる」とのメッセージが溢れている。植民地主義やグローバリゼーションの波という大枠の議論を避け,貧困の生活や家族,地域でのあらわれを紹介し,政策と制度のあり方への「根っこ」からの問題を突きつめている。
著者の姿勢の特徴は実証性にある。ランダム化対照試行――「どこかの市場に介入し,ランダムに選んだ経済主体の一団がその介入を利用できるようにし,それ以外の主体はそのままとし,結果を比較する,というものだ」(経済学の話題をいつも提起している「himaginaryの日記」から借用→http://d.hatena.ne.jp/himaginary/20130111/how_randomized_experiments_can_go_very_wrong)――を使い,実験・実証の裏付けをもって貧困問題や開発援助を叙述している。安価ですむ予防よりも高くつく治療にお金が使われている,基礎能力の獲得と習熟に焦点を当てた教育が成功する,大家族が必ずしも有害とはいえない,効果的な社会的セーフティネットと収益性の高い貯蓄を実現する金融商品の開発が人口政策に有効である,など説得的な知見がある。「援助関係者,あるいは地域政策立案者のイデオロギー ideology,無知 ignorance,惰性 inertia――三つの I ――が,政策の失敗や援助の低効果の原因」(35ページ)なのだ。
貧困根絶への取り組みにも限界を見ている。「社会目的のために再発明された金貸し」(221ページ)マイクロファイナンスは「これほど多くの人を助けたものはありません」(241ページ)としつつ,「貧乏人への融資を成功に導いたプログラムの構造そのものが,もっと大きな事業の創設と資金提供への踏み台になれない原因」(同)になっている。また,貧乏人の成功物語も従業員や大きな資産を持つようにはなっていない。
情報が決定的に不足している,自分で責任を背負い込んでいる,市場主義は万能ではない,三つの I を改めることによって改善することができる,身近に多くの成功物語をつくる,という教訓は急がば回れの貧困策となる。
貧困とその解決策である開発援助のいくつかの「ボトルネック」(訳者の言葉,361ページ)を解消し,地道な貧困解決策に希望を見いだす本書は,われわれにも希望を与えてくれる。