1547山本武利著『検閲官——発見されたGHQ名簿——』

書誌情報:新潮新書(894),253頁,本体価格800円,2021年2月20日発行

検閲官~発見されたGHQ名簿 (新潮新書)

検閲官~発見されたGHQ名簿 (新潮新書)

日本の敗戦後に支配した占領軍(GHQ)の諜報・検閲を実施する総本部(G-2)の下に,民事を扱うCISと軍事・刑事を扱うCICがあった。さらにこのCISに属するCCD(Civil Censorship Detachment)に,郵便,電信,電話の検閲をおこなう通信部門(Communications)と新聞,出版,映画,演劇,放送等の検閲を担当するPPB部門(Press, Pictorial & Broadcasting)があった。CCDの職員は1947年のピーク時には8,700人にもなり,通信部門の中核だった郵便検閲には多数の日本人検閲官を採用し,その給与は賠償金代わりに日本政府に負担させた。

著者は,国立国会図書館CCD資料から発見した検閲官の名簿と日本人の元検閲官へのインタビューや自紙出版・同窓会誌などからの体験記をもとにCCDの実態を明らかにしている。通信検閲は1945年9月から49年10月までで,郵便2億通,電報1億3600万通,電話盗聴80万回にものぼる。ブラックリストに載っていれば検閲を受けたほか,すべての出版物,放送,演劇も同様だった。英文学者の甲斐弦,直木賞作家・梅崎春生の実兄である梅崎光生,歌人光岡良二,同・阪田こと子,同・岡野直七郎,言語学者河野六郎,検閲官採用試験で不採用になった吉村昭,検閲アルバイトに従事した鮎川哲也箏曲家の野村正峰,文芸批評家の進藤純孝,ロシア・ポーランド文学者の工藤幸雄美術評論家佐々木静一,翻訳家の武富紀雄,国際政治学者の神谷不二,代議士の楢崎弥之助近畿日本ツーリスト社長となった児島英一,東海観光社長となった池田早苗三井信託銀行の川田隆らのほか木下順二も日本人校閲者だった。

木下は検閲現場監督官として「東京中央郵便局の葉書,手紙の検閲現場で10名ほどの日本人検閲官の班を監督,統括」(155ページ)していたという。「(前略)彼は(木下は:引用者注)抜け出たいと思いつつ長期に(2年11カ月:引用者注)勤務せざるを得なかった監督官としての辛い体験の中で,劇作家として体制批判の意識を高めて,退職後それを著作活動に昇華させた。彼の独立後のリベラルで独創的な著作活動は,厳しいCCD体験なくしては生まれなかったともいえよう」(170ページ)。新しい木下評である。

当時GHQによる検閲官募集の新聞広告は新聞社のドル箱で,「新聞社の広告担当者が,広告主から接待攻勢を受けていたという資料もある」(176ページ)。検閲官の詳細は,「特殊慰安施設協会」による「身長高く容姿端麗なる若い女性」「容姿端麗に細体自信のある者」広告もあわせて,当時の新聞社の社会的責任にも関係してくる。

CCD資料は現在メリーランド大学部ランゲ・コレクションにある。「敗戦国日本の言論,通信が幅広く検閲された時期の負の刻印(スティグマ)」(249ページ)である。「拉致された資料」(同)であり,日本に返還されるべき資料である。

著者が所長をつとめる「NPO法人インテリジェンス研究所」にはプランゲ文庫「占領期新聞・雑誌情報」データベースおよび検閲研究ウェブサイト(日本人検閲者名簿検索を含む)がある(→http://npointelligence.com)。

-関連エントリー
--貴志俊彦・土屋由香・林鴻亦編『美國在亞洲的文化冷戦』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20120816/1345128444
--土屋由香著『親米日本の構築――アメリカの対日情報・教育政策と日本占領――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20091112/1258037429
--貴志俊彦・土屋由香編『文化冷戦の時代――アメリカとアジア――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20090221/1235227279

-1年前のエントリー
--(その2)山本章子著『日米地位協定——在日米軍と「同盟」の70年——』→https://akamac.hatenablog.com/entry/2020/05/14/095418
-2年前のエントリー
--平成30年度公募短時間「職業実践力育成プログラム」(BP)→https://akamac.hatenablog.com/entry/2019/05/14/221407
-3年前のエントリー
--スローモーション分析(丹羽対樊,張本対許)→https://akamac.hatenablog.com/entry/20180514/1526304964
-4年前のエントリー
--究極のすし職人と至高の天ぷら職人→https://akamac.hatenablog.com/entry/20170514/1494768668
-5年前のエントリー
--四国遍路が「世界ふしぎ発見!」に→https://akamac.hatenablog.com/entry/20160514/1463233943
-6年前のエントリー
--大村泉・渋谷正・窪俊一編著『新MEGAと『ドイツ・イデオロギー』の現代的探求――廣松版からオンライン版へ――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20150514/1431613368
-7年前のエントリー
--コルナイ・ヤーノシュの朝日新聞インタビュー→https://akamac.hatenablog.com/entry/20140514/1400074422
-8年前のエントリー
--『日本資本主義発達史講座』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20130514/1368539862
-9年前のエントリー
--名古屋大学附属図書館の「図書館英会話集」→https://akamac.hatenablog.com/entry/20120514/1337003764
-10年前のエントリー
--道後温泉・道後プリンスホテルの足湯に浸かる→https://akamac.hatenablog.com/entry/20110514/1305386454
-11年前のエントリー
--おさぼり
-12年前のエントリー
--おさぼり
-13年前のエントリー
--おさぼり
-14年前のエントリー
--澤俊晴著『都道府県条例と市町村条例――自治・分権時代の条例間関係の理論――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20070514/1179136561