1723安部龍太郎著『等伯』(上・下)

書誌情報:(上)文春文庫(あ-32-4),374頁,本体価格750円,2015年9月10日発行,(下)文春文庫(あ-32-5),406頁,本体価格700円,2015年9月10日発行

第148回(2012年下半期)直木賞受賞作の文庫本である(初出日本経済新聞社2011年1月22日〜2012年5月13日,単行本:日本経済新聞出版社刊,2012年9月)。
等伯が長谷川信春と名乗っていた頃,聖護院の狩野永徳作「二十四孝図屏風」を見て,「ここに新し時代を切り拓こうとする天才がいる。狩野派という名門の血を受け継ぎながら,それにとらわれることなく楽々と越えていく力量の持ち主」とし,「体が総毛立ち,小刻みに震えた」(上,31ページ)。武家から染物屋に養子に出され,信春から等白へ(蟠龍図に「長谷川等白五十一歳」と署名),等白から等伯へ(利休が白の字に人偏を加えた遺訓にしたがう)と狩野派との軋轢を乗り越え一流絵師になる一生が描かれている。
信長の比叡山焼き打ち,大徳寺蔵の牧谿筆「観音猿鶴図」に,「肌が粟立ち感極ま」(上,167ページ)る様子や等伯の妻の実家(商家)にはすでに複式簿記法が使われていたエピソードなど激動する時代の波も具体的に伝わってくる。
妙心寺隣華院「山水図」,大徳寺真珠庵「商山四皓図」,南禅寺天授庵「禅宗祖師図」,春屋宗園や利休の肖像画など傑作を生み出した等身大の等伯が目の前にいた。
NHK G「歴史探偵 長谷川等伯 幻の障壁画」(初回放送日2023年5月13日)は智積院の国宝障壁画はところどころつながっていない部分の秘密に迫った佳作だった(→https://www.nhk.jp/p/rekishi-tantei/ts/VR22V15XWL/episode/te/L1MRMZ647K/)。
また,『図説 日本史通覧』(→https://akamac.hatenablog.com/entry/2023/02/14/153302)には「濃淡を使い分けた装飾性あふれる桃山期の絵画」として,等伯の「松林図屏風」(東京国立博物館蔵)と「智積院襖絵(楓図)」(智積院蔵)が掲載され,ページ欄外の「歴史のまど」では本書が「桃山文化の画家長谷川等伯の視点から,彼の絵師としての想いと,同時代を生きた狩野永徳織田信長らによる歴史的なできごとを描いた小説」と紹介されている(151ページ)。