987デイビッド・ウォルトナー=テーブズ著(片岡夏実訳)『排泄物と文明』

書誌情報:築地書館,222頁,本体価格2,200円,2014年5月20日発行

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ヒトを含めてすべての動物の尻から出てくるものを言語,公衆衛生,生態学から語ろうという野心的な試みである。「国境なき獣医師団」の創設者・会長の著者は,世界各国でのフィールドワークにもとづく知見から排泄物を切り捨てるのではなく「生態学的持続可能性」を探っていた。
ヒトの一日150グラムの排泄物は一年では約55キログラムになる。33年生きたキリストは生涯で2トン,ムハンマドならキリストの倍,マルクスならそのムハンマドを約275キログラム上回る。ヒトにしてそれだけの量をひねりだす。動物の大小さまざまな糞まで考慮すれば夥しい排泄物が地球上に存在することになる。排泄物は「種子の散布,水・元素・栄養の移動,微生物生態学,土壌の補給と疲弊,地球上の生命の長期的な繁栄」(64ページ)に関係している。すべての種の排泄は「生命,誕生,食,脱糞,死,再生の見事な共同体として結びつける一種の贈り物」(84ページ)であり,「私たちがものを食べるとき,私たちは生物圏から贈り物を受け取っている。私たちがウンコをするとき,私たちはお返しをするのだ」(同上)。
動物起源の糞を介した病気――コレラA型肝炎サルモネラカンピロバクター大腸菌,ジラルジア,アメーバなど――から人間は自由になっていない。排泄物の処理,水洗トイレ,浄水設備の改良・普及によって今のところうまくいっているにすぎない。「ウンコを家から追い出すのは,問題の一部でしかない」(95ページ)。「インド人はウシの糞から燃料を造り出し,飼育場の持ち主はウシのウンコでコンピューターを動かし,スウェーデンの技術者は都市の廃棄物を使ってバスを走らせ,その処理に一役買っている」(205ページ)。
「何を食べ,ウンコをどう扱うかが市民として本質的な行為であり,投票と同じくらい重要」(214ページ)である。そう,今こそウンコ処理担当大臣が必要なのだ。