1604早坂暁著『ダウンタウン・ヒーローズ』

書誌情報:勉誠出版早坂暁コレクション第15巻,346頁,本体価格2,400円,2010年3月30日発行

松山で暮らすことになって1年半,初刊の新潮社版(1986年9月刊)はすぐ読み,山田洋次監督による同名の映画(1988年8月〜)も公開直後に観た。中村橋之助中村芝翫薬師丸ひろ子柳葉敏郎尾美としのり杉本哲太坂上忍戸川純石田えり倍賞千恵子渥美清らが出演していた。映画の撮影には旧宇和町小学校(現米博物館)や旧内子線などが使われた。

旧制高校から新制大学の切り替わりに新制愛媛大学の看板を燃やす背景にはヤクザとの抗争の背景があったこと(ちなみに映画ではヤクザの親分は笹野高史が演じていた)や早坂が卓球部でカットマンだったこと,「タンゴの暁」と呼ばれていたことなどはすっかり記憶から飛んでいた。映画での山口高校との定期戦での卓球試合シーンの印象が強かったなのかもしれない。岩村昇や「共産党の伝統校」として宮本顕治が出てくるのは覚えていた。
PL教が松山との縁があること(現在西堀端に立派な建物がある),ヤクザのクチ健が教祖から朱い手形をもらい商売に使ったことも初読から抜けていた。
もうひとう大事なシーンも忘れていた。クチ健と対峙する場面である。

(クチ健)「ワシの名は,クチ健や」
(早坂)「クチケン? ローケン饅頭(まんじゅう:原文ルビ)なら知っとるけどな」
 今でも労研饅頭は松山で売っている。労働研究所が開発したパンで,戦前から今までも,素朴な風味で生き残っている。
 ヤクザ相手に冗談をいうのは,ダイナマイトのそばで焚火(たきび:原文ルビ)するのと同じだ。
 クチ健は素早く懐(ふところ:原文ルビ)に手を入れると,もうギラッとした匕首(あいくち:原文ルビ)を握りしめていた。朱塗りの鞘(さや:原文ルビ)である。
(クチ健)「お前を殺すと,三人目や」
 クチ健の体からもの凄い殺気が放射している。
(後略)
(258〜259ページ)

 
 「労研饅頭よりもワシのほうが上だ」とか返してくれたらクチ健評は上がったはずだ。道後に住んでいた「クチ健」にとっても身近だった労研饅頭もこの時にはそれを思う余裕がなかったようだ。「クチ健」に「ローケン」は通じず,火に油を注いでしまったようだが,旧制松山中学から旧制松山高校に進んだ早坂にとっては「〜けん」といえば「ローケン」だった。労研饅頭は泣く子も黙る懐に匕首をしのばせていた松山の顔役と堂々と対決していた。