1625雁部貞夫・佐々木久美子編『小島恒久全歌集』

書誌情報:現代短歌社,360頁,税込価格6,600円,2021年12月18日発行

小島恒久の『日本資本主義論争史』(ありえす書房,1976年,[isbn:9784900103450])と『マルクス・エンゲルス紀行』(法律文化社,1979年,[asin:B000J8J446])は学生・院生時代に読んだ懐かしい書物だ。その著者が,戦前の旧制長崎高等商業学校(戦後の一時期長崎経済専門学校),九州大学法文学部の学生時代に短歌を詠んでいた。作歌活動を再開したのは,九州大学および熊本商科大学(熊本学園大学)での教員を退職してからである。

本書には,第1歌集『原子野』(短歌新聞社,2005年),第2歌集『晩禱』(現代短歌社,2014年),未完の短歌集『曙光』(2013年から死の直前2019年春までの作品集)からなり,編者らによる略年譜,歌業,追悼文,初句索引などもついている。第1歌集の公刊が79歳,第2歌集が88歳とのこと。向坂逸郎とともに三池闘争の理論的支柱となり,教員退職後は社会主義協会代表をつとめた。

本書を貫いているのは,「ともすれば難解になりがちだし,叙情性に欠ける憾みをもつ」「社会詠,時事詠」(第1歌集「あとがき」,本書102ページ)だ。長崎高商在学中の被曝体験が原点になり,「鎮魂と平和への思い」(同上)はことのほか強い。また,第2歌集以降ではかねてから関心をもっていた先人の跡をたずねた歌が多い。共感を持った歌が多くあった。以下,走り読みして抜き書きした。

○三池争議から

師に従きて三池労組の学習会に通ひし争議の日々もはるけし

○恩師の向坂逸郎を詠んだ歌から

「鶏頭」の子規の句を引きかく在るがまま資本論も読めと諭されぬ

師の蔵書7万冊を分類し15年目にして目録成りぬ

全集を出せざりし悔い今もありせめてはと記す恩師の小伝(引用者注:小島著『向坂逸郎 その人と思想』えるむ書房,2005年,を指すと思われる)

ひたすらにマルクス説きし一生なりきソ連の崩壊見ずに逝かしぬ

資本論』は聖書にあらず疑ひ得る心もて読めとつねに諭されき

○『マルクス・エンゲルス紀行』に関連した歌

ソホー区のこの古家にマルクスは貧に苦しみ「資本論」を書きぬ

(トリアー)若き日のマルクスが詠みし愛の詩集持ちてさまよふその生(あ)れし古都を

マルクスの旧居をソホーの小路に訪へばイタリア料理店名は「汝どこへ行く(クオ・ヴァデイス)」

新婚のマルクス貧しく住みし路地巡れば窓より老婆がのぞく

マルクスの意志継ぎ闘ひ自裁せし娘も眠る父のかたへに

無言館にて

観ゆく人みな「無言」なり妻を母を描きし戦没学徒の絵の前

河上肇墓前にて

「貧乏物語」気負ひて読みし日は遠く時雨るる京にそのみ墓訪ふ

『貧乏物語』出でて100年そこに説く貧と格差は今も変はらず

○小樽にて

多喜二生き啄木歌ひし世は遠く夏の運河に若きらさざめく

○牧野植物園にて

貧に耐へ牧野の研究支へし妻のなをしとどめてスエコザサ生ふ

○中国・紹興にて

霧深く紹興への道渋滞し豚積む車と長く添ひゆく

妻は蘭亭吾は魯迅に惹かれ来ぬ家並旧りたる運河の町に

中村哲

民の餓ゑを救ふと医の君井戸を掘る戦火の絶えぬアフガンの野に

大原美術館にて

昭和恐慌の最中社内の反対押しこの美術館建てし孫三郎か

岡崎次郎

なきがらも遺書も残さず消えましぬ『自嘲生涯記』書き終へて君は(引用者注:岡崎は『資本論』などの翻訳で知られていたが,『マルクスに凭れて60年——自嘲生涯記——』青土社,1983年,を出版後行方不明になった)

金正男の死に際して

亡命の異国にて刺客に弑されしトロツキー想起す金正男(キムジョンナム)の死に

沖縄返還について

「本土並み」と言ひし復帰より40余年基地の7割がなほ沖縄にあり,

○松山にて(引用者注:松山に友人がいたと読めるが,詳細は不明)

君の家を松山に訪ひ妻君の手料理に酌みあひしこともなつかし

山頭火終焉の家一草庵を松山に訪ひき君の案内に

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