532関口雄祐著『イルカを食べちゃダメですか?――科学者の追い込み漁体験記――』

書誌情報:光文社新書(473),212+10頁,本体価格740円,2010年7月20日発行

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第82回アカデミー賞ドキュメンタリー賞受賞作品『THE COVE』の舞台は和歌山・太地町だが,太市町のイルカ漁の映像だけを使っていない。さらに,漁協職員は「ジャパニーズマフィア」だ。イルカ保護という名目のプロパガンダというべき作品とみたほうがいい。イルカ絶命シーンをことさら強調するのはフェアとはいえない。魚にしろ家畜にしろ殺す作業は必要だからである。
著者は,沿岸小型捕鯨水産庁調査員をつとめた経験をもつ。イルカ追い込み漁の漁法,漁師,歴史文化を扱い,捕鯨・イルカ漁への理解に資することができる。たとえば,かつて調査捕鯨船乗組員による「横流し」事件(業務上横領事件としては不起訴,グリンピースメンバーの窃盗などについては審理中)には,その背景に「見える流通」と「見えない流通」があった。捕殺方法についても長年にわたる自発的な努力によって改善してきたという。保護団体からの批判があって変えてきたわけではない。
捕鯨モラトリアムによって小型捕鯨漁とイルカ漁のみが存続しているなかで,イルカ追い込み漁は捕獲対象種,捕獲枠,漁期は厳重管理されている。著者は,調査捕鯨の即刻中止とイルカ猟を含めた沿岸捕鯨への限定を主張している。現代日本人からすれば鯨肉そのものは主要肉ではない。さればといって捕鯨そのものを否定すべきではない。調査捕鯨という名の準商業捕鯨は全面的に見直し,沿岸捕鯨に限るのは評者も同じ意見だ。「水産庁が守るべきものは,南極海捕鯨ではなく,足もとの小さなイルカ追い込み漁なのだ」(55ページ)。
水族館でのイルカは追い込み漁での生け捕りによって供給されているという。ところが,日本のイルカ類の飼育施設のうち水族館の多くは「日本動物園水族館協会」(上部組織は「世界動物園水族館協会」)に加盟している。イルカショーなどは「動物の世話,福祉,保護」という使命に反することになり,研究目的でイルカ類の購入がされている。イルカ追い込み漁とイルカ飼育施設との関係については教えられた。
太地は「捕鯨の町」から鯨に関するすべてがある「くじらの町」に変わりつつあるという。