964四方田犬彦著『マルクスの三つの顔』

書誌情報:亜紀書房,318頁,本体価格2,400円,2013年8月3日発行

マルクスの三つの顔

マルクスの三つの顔

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登場人物は,皇帝哲学者のマルクス・アウレーリウス,革命思想家のカール・マルクス,ハリウッドの喜劇役者のマルクス兄弟である。同じ名前のマルクスだが,もちろん時代が違いお互いを知らないし血縁関係もない。そのマルクスに時空を超えて接近し,「知の専門化」・「分業化」への知的ル・サンチマンの思いを込め,「朝は映画の批評をし,午後は古典哲学の本を読み齧り,夕方には料理人として市場に買い出しに出かける」(317ページ,いうまでもなくカールの言い回しから:引用者注)試みである。
なぜ三つのマルクスなのか。すくなくともカールまでの解読からはまったくわからない。だが,第三のマルクス論の冒頭にいたってようやく著者の意図が表明される。第一のマルクスに「唯我性」を,第二のマルクスに「対抗性」を発見したことを明らかにし,第三のマルクス(兄弟)に「傾斜面を転倒し続ける三角形」を読み取っていく。
第二のマルクス論には,ユダヤ論,フェティシズム論,共産主義=妖怪論に著者の解釈がある。マルクスは「ユダヤ教的なるもの,ユダヤ人的なるものを執拗なまでに拒否し,みずからをそこから切り離すことによって,あらゆる共同体への帰属の不可能という立ち位置を獲得した」(130ページ)としてユダヤ人観の限界を指摘する。フェティシズム論の「まぼろし」「幻影」を「ファンタスマゴリア」(光学装置の名称)の原文に戻し,「フェティシズムとはすぐれてファンタスマゴリアが作り上げる錯覚」(178ページ)と読み込んでいる。また,『共産党宣言』冒頭の das Gespenst を「亡霊」でも「幽霊」でもなく「妖怪」と読むことによって,「妖怪はみずから宣言をすることで妖怪であることをやめる。それは共産主義という運動として,いよいよ地上に実在することになるのだ」(195ページ)と,『宣言』の意味を解く。
三つのマルクスを論じることで「アカデミズムというイデオロギー」(316ページ)から自由になる。著者の想念をなんとか読み取ることができた。