1113ベアトリス・M・ボダルト=ベイリー著(早川朝子訳)『犬将軍――綱吉は名君か暴君か――』

書誌情報:柏書房,x+558頁,本体価格3,800円,2015年2月15日発行

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真言密教に母・桂昌院とともにはまり「生類憐れみの令」を発布する。そんな綱吉像を史料批判によって武士中心社会から農民中心社会への転換を試みた「啓蒙君主」として描いていた。
庶民出身の母との絆による既成秩序への挑戦者は儒教思想に基礎をおいた政治イデオロギーの対立構図を明らかにする。「生類憐れみの令」は綱吉の精神的不安定さにもとめるのではなく犬の保護ではなく武士の特権を問題にしたこと,元禄検地を行政上の中間層を排除する一種の行政改革であったこと,赤穂義士事件を朝廷に対する不敬とみなしたことなど綱吉像は間違いなく深まっている。
「綱吉の政策がウェーバーのモデルのプリズムを通して分析されるならば,それが,気の触れた一個人によるでたらめな計略ではなく,普遍的なパラダイムの変化のルールに沿ったものであることが明らかになる」(528ページ)。出版業の「元禄革命」も学問と庶民の生活を重視した綱吉の政策があったからである。
元禄年間に来日したドイツ人エンゲルベルト・ケンペルの研究書をもつ著者の綱吉論は読み応え十分だった。