543駒村吉重著『煙る鯨影』

書誌情報:小学館,261頁,本体価格1,400円,2008年2月4日発行

煙る鯨影

煙る鯨影

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現在商業捕鯨は一時停止状態(捕鯨モラトリアム)のままである。国際捕鯨委員会IWC)が1982年に採択して以来そのまま継続中である*1
この状態の中で日本では,大型種を対象とした生態調査目的の調査捕鯨*2といまひとつ小型種を対象にした小型商業捕鯨がおこなわれている。後者はたった5艘だけが従事している。捕鯨モラトリアム発効の時点で捕獲免許を保持していた一業者の捕獲枠を分け合っている。小型捕鯨船の所属港は,太地(和歌山),和田(千葉),鮎川(宮城)でそれぞれ2,1,2艘である。
太地で捕獲できるマゴンドウはこの時で36頭,鮎川でのタッパナガも36頭の枠があり,一艘ごとの割り当ても決まっている。
これら小型商業捕鯨船は同時に北西太平洋沿岸の調査捕鯨に標本採集船として臨時傭船される。一回の調査において全船で請け負うのはミンク鯨63頭の捕獲だったという。「調査捕鯨によってツチ肉市場を圧迫された零細の船が,皮肉なことではあるが,その調査への参加によって経営を持ち直させる道を選んだ格好になる」(105ページ)。
本書は,著者が太地の「第七勝丸」(総トン数32トン,全長23.8メートル)に5カ月乗り込んで,太地・和田・網走での小型商業捕鯨を追ったドキュメントである。著者は「捕鯨賛否論を叫ばない」(261ページ)。津本陽著『深重の海』(新潮文庫,1982年12月,[isbn:9784101280011])やC・W・ニコル著『勇魚』(上・下,文春文庫,1992年12月,[isbn:9784167220037][isbn:9784167220044])は太地の悲劇・「大瀬美流れ」を素材に捕鯨をとおして人間を描いた。
本書からは,ノンフィクションでありながら「近代捕鯨の全盛期に積まれた負の遺産」(136ページ)や「鯨に生かされる暮らしの不確かさと怖さ,そしてありがたさ」(230ページ)が伝わってくる。

*1:シロナガス,ナガス,ホッキョク,セミイワシ,ザトウ,ミンクなどの髭鯨に,マッコウなどの歯鯨を加えた大型13種がIWC管理下にある保護対象鯨である。

*2:水産庁日本鯨類研究所に委託した調査捕鯨の実施機関は,日本水産大洋漁業極洋漁業の捕鯨部門を統合して発足した新会社・共同船舶である。