641青山淳『海運王 山下亀三郎――山下汽船創業者の不屈の生涯――』

書誌情報:光人社,300頁,本体価格2,200円,2011年6月2日発行

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「どん亀」から「どろ亀」,そして「はや亀」と呼ばれ,明治期から昭和前期に活躍した山下汽船創業者・山下亀三郎の個人史である。初見の写真も数枚あった。
すでに現れている類書を意識しつつ,郷里と政財界での太い人脈を軸にした山下亀三郎論である。若かりし時の遊蕩三昧,穂積陳重に依頼されて学士院に多額の寄付をしたこと,孫文汪兆銘――ベトナムハノイから脱出したのは山下手配の「北光丸」による――との繋がりから広くアジアにも目を向けたこと,上海のフランス租界地に上海公館をつくったことなど著者の取材結果が披露されている。
「勤勉,質実,克己,礼節,調和」と「分限をわきまえ,公を重んじ」た亀三郎の「真骨頂」を描く著者は山下亀三郎=成金の構図を修正しようとしたものだろう。成り行きとはいえ,亀三郎が支援した汪兆銘南京政府は日本の傀儡政権になってしまう一方,当の東條英機から内閣顧問に任命される。亀三郎の生涯は最初から最後まで日本の近代の戦争史と海運史の盛衰と重なっている。