780小関和弘著『鉄道の文学誌(近代日本の社会と交通第14巻)』

書誌情報:日本経済評論社,xix+352頁,本体価格3,400円,2012年5月30日発行

鉄道の文学誌 (-)

鉄道の文学誌 (-)

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「文芸作品が鉄道をどう捉え,作品の中にどのように個々の人間の生の感覚や社会意識,あるいはその変遷が描かれたか」・「鉄道や乗客,鉄道員の労働などを描いた或る作品を通して,どのような心性や社会意識などが浮き彫りにされたか」(いずれも「はじめに」から)という問題意識のもと,「(人間の)身体と鉄道との関係」を扱った力作である。
鉄道文学を通して「鉄道聖地巡礼」に赴くのではなく,作者が鉄道を介してその時代の社会や人間を投影させた綾を解きほぐす。草創期の鉄道,車室内の風景,駅,鉄道沿線,軽便鉄道,空想の鉄道世界,不安全地帯としての鉄道,労働の現場の切り口は著者の鉄道への思いを反映している。
伊予鉄はもちろん夏目漱石坊っちゃん」とからめて登場する。「鉄の生産と関わって国策上からも重視された釜石軽便鉄道1880年2月,軌間838ミリで開業した。そして軽便の代名詞のように見られる762ミリの軌間(「軽便鉄道補助法」の補助対象が軌間2フィート6インチ以上なのが主な理由だが)を採用した最初は夏目漱石の「坊っちゃん」で知られる伊予鉄道であった。伊予鉄道は「軽便鉄道法」施行以前の88年10月の開業である」(205ページ)。そして著者蔵の「大正5年5月」発行の「大日本帝国陸地測量部5万分の1彩色地形図」の紹介がある。
鉄道史の事実を織り交ぜ,作品の主人公の鉄道への思いの分析は,時間および空間感覚,社会の縮図,音,人間関係などを通して人間の鉄道との深い関わりを映し出している。
「近代日本の社会と交通」(全15巻)シリーズ――評者は本書のみ購入――のなかでは異色だが貴重な一書のように思える。