781今野晴貴著『ブラック企業――日本を食いつぶす妖怪――』

書誌情報:文春文庫(887),245頁,本体価格770円,2012年11月20日発行

  • -

大学在学中に NPO 法人 POSSE(→http://www.npoposse.jp)を設立し,大学院博士課程在学中の現在も労働相談をしている著者の渾身の著作である。
個人的被害としてのブラック企業と社会問題としてのブラック企業という本書の構成に表されるように,ブラック企業問題をたまたまその企業に入った新卒社員やその企業の問題としてでなく,社会問題として捉えようとする視点は至極真っ当である。「民事的殺人」に至らしめ,「生活保護予備軍」を生み出すブラック企業の告発と戦略的対応策の提示がこの問題の深刻さを物語っている。
匿名や具体名で告発される個々のブラック企業から「会社」・「彼ら」・「日本の経済界」として日本社会を覆う「ブラック企業化」の可能性への言及,労基署の対応の中途半端さへの指摘,ブラック企業に知恵を貸す弁護士・社会保険労務士(「ブラック士業」)の存在,ひたすら自己分析をさせる大学のキャリア教育との関連も重い。ブラック企業が日本的経営・雇用慣行の「いいとこ取り」であり,規制緩和と軌を一にしていることも注目していい。
大量採用,大量退職で選別し,自己都合退職に追い込むブラック企業には良心的な専門家やユニオンとともに闘ってこそ一掃できる強いメッセージを発している。もちろん鬱病になる前に辞める選択肢を勧めている。労基署をはじめとした行政がブラック企業をなくす役割を十分に果たしていない現状こそブラック企業が蔓延る原因(または結果)になっている。「労働法の産みの国であるイギリスでは,19世紀に子供や婦人の長時間・不衛生な労働が問題となった。労働者の平均寿命は20歳程度まで落ち込み,若者の身長や体力は極端に低下した。だからこそ,企業活動を労働法で制限することとなった。私たちは,この教訓を忘れるべきではない」(170ページ)。『資本論』労働日の章の叙述と意義づけがまさにこれだ。