1119森岡孝二著『雇用身分社会』

書誌情報:岩波新書(1568),iv+240+7頁,本体価格800円,2015年10月20日発行

雇用身分社会 (岩波新書)

雇用身分社会 (岩波新書)

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著者はこれまで「企業中心社会」・「働きすぎ社会」・「格差社会」・「貧困社会」をキーワードにして現代日本資本主義を批判的に分析してきた。本書はそれらを歴史的文脈に位置づけ直し,非正規雇用がもたらす正規労働者との階層構造から雇用形態の身分としての固定化を特徴づけて「雇用身分社会」として描いている。
『職工事情』や『女工哀史』で抽出された労働条件を想起せざるをえないほど劣悪で過酷であり,派遣労働の「前近代的女工哀史的,蟹工船的な雇用」(84ページ)を告発している。「労働者がさまざまな雇用形態に引き裂かれ,雇用の不安定化が進み,正規と非正規の格差にとどまらず,それぞれの雇用形態が階層化し身分化することによって作り出された現代日本の社会構造」(160ページ)は産業構造や就業構造の変化によって説明するのは正しくない。ましてや働く人々のライフスタイルや価値観の変化によるものでもない。雇用形態の多様化という名分で「人件費の削減と労働市場の流動化(ないしは雇用の弾力化)」(190ページ)を進めてきた経営者とそれを支える政策にある。
経済成長が進んでも現在進行形の格差も貧困も好転しない。アベノミクスの「貧困対策の貧困さ」(126ページ)は言い得て妙である。正規労働者の慢性化した超長期間労働や雇用形態の多様化によって哀しいことにわが日本はもうすでに「世界で一番企業が活躍しやすい国」になっている。
著者の描く「雇用身分社会」は不動のシステムにはなりきってはいない。「液体から固体への移行過程のシャーベット状の社会秩序」(237ページ)であり,派遣労働の規制や最低賃金を上げることによるパート・アルバイトの待遇改善,性別賃金格差の解消,実質的8時間労働制の実現があればいまよりはましになるのだ。