1663田中徹二著『不可能を可能に——点字の世界を駆けぬける——』

書誌情報:岩波新書(1560),242+3頁,本体価格780円,2015年8月20日発行

著者は,大学入学直後に網膜剥離で光を失った。その後東京光明寮(国立東京視力障害センター,現在の国立障害者リハビリテーションセンター)であん摩,はり,きゅうを学び転学部して大学を卒業し,日本点字図書館(日点)で職を得た。同図書館館長,理事長をつとめる。
本書は,日点の創立者・本間一夫の半生を描くことによって点字とそのデジタル化の動きを通観しており,点字発展の変化がよくわかる。また,鉄道ホームでの転落や通路の点字ブロックなど視覚障害者を取り巻く環境の現状と課題を整理している。国境を越えたアジア諸国との国際協力についても日点や官民の協力の実情も報告している。
日点の,点訳,デイジー編集,対面リーディングなどの事業は多くをボランティア(ほぼ全員が子育てを終えた主婦)が担っていること,日本盲人エスペラント協会設立にはウクライナ出身のワシリィ・エロシェンコが大きな役割を果たしたこと,全国にある国立視力障害センターや盲学校にはほんの数例を除きすべてあん摩,はり,きゅうコースしかないこと,世界的には珍しく1928年以降国政選挙や地方選挙では点字投票が実施されていること,インクルーシブ教育が普遍化するなかで点字教科書の供給体制が大きな問題になること,上皇后点字楽譜普及に寄付していること,国家公務員上級試験で点字受験者の合格者がまだいないことなど知らなかったことが山ほどあった。
本間一夫の名を冠した文化賞とチャリティコンサートがあることも初めて知った。晴眼者には見えてこなかった視覚障害者の世界が一気に広がった。