書誌情報:八朔社,356頁,本体価格3,800円,2022年11月3日発行
福島大学経済学部(現経済経営学類)のように,旧高等商業学校を前身とする大学はその創立を高商創立にもとめるのが常であり,旧高商卒業生も新制大学卒業生も卒業年次が違うだけという同窓意識がきわめて強い。旧制高校のうちネームスクールを前身とする大学の多くが戦後の新制大学発足時の1949年を創立記念としていることと好対照である。
福島大学経済学部の創立100周年記念誌『信陵の世紀——福島大学経済経営学類のあゆみ 1922〜2022——』(福島大学経済経営学類信陵同窓会創立100周年記念誌作成委員会編集,非売品,2022年10月)の発行は,福島大学経済学部で学び卒業したという愛着と矜恃の賜物である。大学として編む記念誌とは別に同窓会として編む記念誌の有無がその指標となるといっていいかもしれない。
本書の「知の梁山泊」は,わが師でもある吉原泰助の,信陵同窓会主催創立90周年記念講演「東北に知の梁山泊あり——アカデミーとしての福大経済——」(2012年11月3日)に因む。
福島高商を前身とする福島大学経済学部(現経済経営学類)の草創期の研究者群像から知識社会の一端を明らかにした本書はその「知の梁山泊」の一端を伝えている。学会誌『商学論集』を知のプラットフォームとした「福島学派」の形成,学史家・小林昇論,近代経済学者・熊谷尚夫論,経済史学の藤田五郎および庄司吉之助論,吉岡昭彦論,民法・憲法・憲法哲学の系譜論(井上紫電と相沢久),とかつて在職した教授の研究の多角的分析は,それぞれがいままでにない研究者論になっている。
とくに,日本と西洋の経済史学に位置づけた藤田五郎・庄司吉之助論と吉岡昭彦論は,彼らの研究の進化・深化と特徴とを明らかにしており,福島大学経済学部の「知識社会史」(序章)を体現している。また,5つのコラムは高商から経済学部の歴史に重なるエピソードのいくつかを掘り起こしている。
共著論文集である本書の対象は「知の梁山泊」すなわち草創期福島大学経済学部に籍を置いた研究者の思想・研究の一部でしかない。大学を構成する主体である学生教育との関わりも期せずして「法律学不毛の地」と称された法学の系譜で触れられているにすぎない。わが国における経済学の理論と歴史かかわる研究や地方大学の学知の意義など「知の梁山泊」のその後にも興味がわく。
福島大学経済学部の学問的伝統とはひとり籍をおいた研究者や研究者になった卒業生によって引き継がれるわけではけっしてない。「学問的エートス」は本書を繙く信陵同窓生にも共有されているはずだ。
《本書の目次》
序章 草創期福島大学経済学部の知識社会史試論(阪本尚文)
第1章 文書集成から分かる初期小林昇——その青少年期・福島期文書の収蔵によせて(原田哲史)
第2章 熊谷尚夫と経済学の方法(川越敏司)
第3章 福島大学経済学部と「戦後歴史学」——藤田五郎と庄司吉之助の日本近世史研究(小松賢司)
第4章 「経済史学の福島学派」の交流と衰退——1950年代中葉から60年中頃までの一齣(白鳥圭志)
第5章 西洋経済史家=吉岡昭彦と大塚「主体論」の継承問題——青年期,東大時代,福島時代,東北時代(白鳥圭志)
第6章 <福島学派>の民法研究そして教育(山﨑敏彦・山﨑暁彦)
第7章 <福島学派>の憲法学——相沢久的なるものをめぐって(金井光生)
第8章 信仰・学問・政治——井上紫電の転回とその憲法哲学(阪本尚文)
コラム①福島高等商業学校文書にみる学生像——『自己要録』に記された愛読雑誌を中心に(徳武剛),②近代経済学の先生方の思い出(永倉禮司),③暗い時代の人々——博棣華と朱紹文のこと(阪本尚文),④満鉄図書館の旅,満鉄図書への旅(阪本尚文),⑤福島大学評判記——各種出版物にみる経済学部の1980年頃までを中心に(新保芳栄)
[初出:「阪本尚文編『知の梁山泊——草創期福島大学経済学部の研究——』(八朔社,356頁,本体価格3,800円,2022年11月3日発行)を読む」として,福島大学経済経営学類信陵同窓会『信陵』(第100号,25-26ページ)に掲載]
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