612エイドリアン・デズモンド/ジェイムズ・ムーア著(矢野真千子/野下祥子訳)『ダーウィンが信じた道――進化論に隠されたメッセージ――』

書誌情報:NHK出版,609+77頁,本体価格3,100円,2009年6月30日

  • -

自然淘汰と性淘汰を論じた『種の起源』(1859年)と『人間の由来』(1871年)の解説ではない。未公開の家族間の手紙と膨大な草稿,自筆ノートや走り書き,航海日記,読んだ本のリスト,公開済みのノートや手紙書簡を繙き,「人類はやはり,みな兄弟である」(=人類単一起源論)ことを論証しようとしたダーウィンの軌跡を浮かび上がらせている。キーワードはダーウィン奴隷制反対の思いである。
19世紀の奴隷制廃止運動と擁護論に分け入り,人類の起源について書いたはずの『種の起源』に人類に関する記述がないことやチョウとハトの性淘汰への膨大な叙述を占める『人間の由来』の意図が解き明かされるプロセスは,新しいダーウィン像の提示という挑戦にかかわっている。
フジツボから種子に研究対象を変えたのはすべての起源と個体の分散の問題への取組を示し,ハトに拘ったのはすべての飼育動物のなかで単一の起源から由来していることを証明できる動物であったからだった。サルから人間への進化と人種の違いの由来というダーウィンのふたつの証明は人道主義的立場を極力薄めつつ徹底して科学的に実行しなければならなかった。「発表するときには,人間という主役の王子なしでハムレットが上演されることになった」(463ページ)。シスモンディ,マルサス,J.S.ミルら経済学者のダーウィンへの影響も19世紀イギリスにそくして詳しい。
ダーウィン説が浸透したせいで現代の私たちにとってごく当たり前である「単一の起源」や「共通の祖先」のような概念は,人種間の関係と奴隷制についての議論にともなって19世紀後半に生まれてきた」(389ページ)。すくなくとも評者のダーウィンと進化論への理解は間違いなく深まった。