書誌情報:東京大学出版会,358+22頁,本体価格3,200円,2012年6月15日発行
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立花隆著『サル学の現在』(単行本:平凡社,1991年,[isbn:9784582527124];文春文庫:(上)1996年,[isbn:9784167330064],(下)1996年,[isbn:9784167330071])で知ったサルの子殺しは個体の再生産を通じての種の再生産に繋がっていることを教えてくれた。島泰三著『親指はなぜ太いのか――直立二足歩行の起原に迫る――』(中公新書,2003年,[isbn:9784121017093])は初期人類がある主食のために(動物の骨から肉をはがし,骨を割って骨髄をとりだす)手を進化させたことを説いていた。
人類学の到達点として「人類社会のすべてに共通した一つの社会単位を構想することはあまり意味がない」(21ページ)が,さりとてつねに家族の起源に関心を寄せてきた霊長類学も「家族の普遍性を類人猿から人類に至る社会進化の過程に位置づける試みはいまだ成功していない(46ページ)。全編書き下ろしの本書は,食と雌雄の関係に注目した家族の起源・進化の探求書である。
大きな見取り図としては狩猟という生産様式が人間の攻撃性を高めるという考えを否定し,社会性の獲得を食物分布と捕食者から逃れるための捕食圧にもとめている。さらに直立二足歩行は太陽の照りつける草原をゆっくりとした速度で長い距離を歩くのに適している。「人類は高カロリーの食物を集めるために特殊な歩行様式を発達させた」(117ページ)のではないかという。アメリカの形質人類学者の,多産になるために母子に男が食料を手でもって運ぶためだったという推測を肯定的に紹介し,家族という社会単位の創造を見ている。
類人猿の子殺しについては「父性の保証か否定という二つの極には子殺しが起きて居ない」(186ページ)のだ。つねにペアをつくるテナガザルや単独生活のオランウータン,乱交的なボノボがその例である。
人間の脳の成長パターン(「思春期スパート」)と性ホルモン分泌の男女差を「淘汰圧」(女の子は早く女になってパートナー選びや社会関係の構築をする必要があるが,男の子は男たちの争いに巻き込まれないように男の子でいる)にもとめたり,人間の老年期の延長を栄養条件と安全性の向上だけでなく人間に固有な子ども期や青年期を支えるために実現した(「おばあちゃん仮説」)とする知見も披露している。
人類は地球上に生存する約300種あまりの霊長類の一員であり,霊長類→人類の進化過程が刻み込まれているはずだ。「サルまねはじつは人間だけに可能な能力」(214ページ)だそうだが,「向社会的な行動」・「互酬的な行動」(226ページ)も人類の「共同の子育てと食の社会化」(230ページ)に起因する。
人類が言葉を発明する前に音楽的なコミュニケーションを発達させ,脳の増大に寄与したというのも新しい。「人間が言葉を使わなくても共鳴し合える共鳴集団の規模はいまだに10〜15人である。これはゴリラの集団の平均的な大きさと変わらないし,人間の家族の大きさとも一致する。人間がゴリラとちがうのは,家族以外にそういった共鳴集団を複数もてるようになったことだ。家族に属し,会社の仲間と共同で仕事をし,スポーツの仲間と集まる。私たちは日々そういった共鳴し合える集団を遍歴しながら過ごしている。言葉はその集団の維持に大きな役割を果たしているが,言葉以外のコミュニケーションも不可欠である。顔を合わせなければ,声を聞かなければ,いっしょに食事をしなければ,信頼関係を保ち続けることはむずかしい」(343ページ)。
「家族というのはこれまで人間がつくりあげた最高の社会組織」(347ページ)であり,食の共同と性の隠蔽,繁殖における平等と共同の子育てを特徴としていた。家族起源探求は現代家族のあり方への問題提起でもある。
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