518新MEGA(マルクス・エンゲルス全集)――その編集・刊行状況と日本人研究者の参画――

『経済』第200号,2012年5月号(定価980円,2012年4月8日発行→http://www.shinnihon-net.co.jp/magazine/keizai/detail/name/経済2012年5月号NO.200/code/03509-05-2/)の「大特集=マルクス経済学のすすめ2012」に紹介文を書く機会があった。4ページの短文である。宣伝を兼ねて最初の見出しの部分を本文のみ掲載する(100〜101ページ)。

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マルクス・ブーム」と新MEGA
リーマンショックに端を発した金融不安と経済不況によって,格差と貧困,労働現場における正規雇用と非正規雇用など日本経済の大きな問題を浮き彫りにした。漫画・劇画・入門書・新訳などいままでにないマルクス関係の多くの出版物の刊行はこうした背景と無縁ではない。
他方で,マルクスの思想上のインパクトについても筆者自身あらためて確認する機会があった。夏目漱石が英国留学中に購入した1902年発行の『資本論』第1巻の英語版の実見である(江戸東京博物館「文豪・夏目漱石」展:2007年9月26日〜11月18日)。東北大学漱石文庫」中の一書である。ところで,「漱石文庫」には『資本論』ドイツ語版はないが,漱石『明暗』中に「比較的大きな洋書」・「一番重くて嵩張った大きな洋書」・「経済学の独逸書」・「大部の書物」が出てくる。故服部文男はこれをカウツキー版『資本論』第1巻(1914年)の可能性があると推測している。漱石マルクスについて「(前略)カール・マークス(マルクスのこと:引用者注)の所論の如きは単に純粋の理窟としても欠点これあるべくとは存候へども今日の世界にこの説の出づるは当然の事と存候(後略)」と手紙に書いていた(1902年3月15日付け義父中根重一宛,三好行雄編『漱石文明論集』岩波文庫)。
ダーウィン生誕200年・『種の起源』刊行150年を記念した「ダーウィン展」があった(国立科学博物館:2008年3月18日〜6月22日,大阪市立自然史博物館:7月19日〜9月21日)。展示物のひとつとして,ダーウィン自然淘汰理論を着想するきっかけになったという『人口論アメリカ版初版(ダーウィンが読んだのは第6版)とマルクスエンゲルス宛手紙(マルサス理論の応用についての批判)が展示されていた。手紙はアムステルダムにある社会史国際研究所所蔵オリジナルのコピーだ。解説にはこうある。「政治経済学者のカール・マルクスは,1860年代に『種の起源』を何度も読んだ。マルクスが自著『資本論』にダーウィンの献辞を付けたがったというのは単なる伝説だが,ダーウィンの死後にその書斎から,「心からの賞賛者として」とマルクスが書き込んだ『資本論』が見つかっている。ダーウィンは,その本を献呈されたことに対する礼状に,「政治経済学という重要で重いテーマについてもっと理解を深めることで,もっと御著書をいただくにふさわしい人間になりたいものです」と書いている」(図録から)。また展示物にはなかったが,図録には,マルクスからのダーウィンへの献呈本(『資本論』第1巻ドイツ語版第2版)の写真が掲載されていた。
昨今の「マルクス・ブーム」は売らんがため儲けんがための一過性の文字どおりのブームで終わるかもしれないとはいえ,マルクス思想がこれからも古典としての命脈を保ち,経済システムの再構築や思想・イデオロギーの再考に大きな役割を果たすことはまちがいない。かつての『マルクスエンゲルス全集』【Marx-Engels-Werke (MEW):正確には『著作集』,大月書店,1951年-1991年】は刊本としては絶版となり,CD-ROM版として存続しているにすぎない状況をみるにつけ,文字どおりの『全集』として,著書,論文,論説,書簡,それらの草稿,抜粋ノート,メモ書き,その他などすべてを網羅する新MEGA【Marx-Engels-Gesamtausgabe (MEGA)】 が日本人研究者を含む国際的共同事業として編集・刊行されている意義は大きい。(以下省略。詳しくは雑誌で)