1539山田純大著『命のビザを繋いだ男——小辻節三とユダヤ難民——』

書誌情報:NHK出版,281頁,本体価格1,700円,2013年4月25日発行

杉原千畝が発行した「命のビザ」は,駐ウラジオストク日本総領事館の根井三郎総領事代理が外務相の指示を突っぱね,ユダヤ人の乗船を認め,ビザを持っていないユダヤ難民に渡航証明書を発行して日本への入国を手助けした。そして,ユダヤ難民の輸送を担ったのが大迫達雄(関連エントリー参照)であり,神戸に着いた難民のビザ延長などあらゆる問題の解決に奔走したのが本書の主人公・小辻節三である。

ユダヤ難民のビザ延長が認められなければドイツへの強制送還しかなかった。小辻の満鉄時代の上司で当時外相だった松岡洋右に相談すると,「一つだけ可能性がある。ユダヤ難民のビザを延長させる権限は,神戸の自治体にある。自治体の行うことに政府は基本的に関与しない。地方自治体に任せぱなしだ。もし,君が自治体を動かすことができたなら,外務省はそのことを見て見ぬふりをしよう。それは友人として約束する」(91ページ)。

小辻は資産家だった姉の夫に出してもらった大金をもとに,警察幹部を料亭で接待した。一度目も二度目もユダヤ難民のビザの話は一切せず,三度目にビザ延長を依頼したという。この結果,十日間のビザを一回につき15日ずつ延長するという許可を引き出し,申請を数回することで長期滞在を可能にした。(利害関係者による接待が政策をゆがめることはなかったと調査報告書を出したどこかの官庁を思い出した。最初からこれお願いと口にする馬鹿はいない。ただし,小辻の接待も接待であることには違いがない。政策をゆがめてもらうためにこそ接待するのだ。)

ユダヤ人や反ナチスドイツ人を摘発すべく日本に派遣された親衛隊将校マイジンガーが特高警察や憲兵隊を使って画策するなかでの小辻の活動はやがて憲兵隊による拷問に結果した。小辻は信念を曲げず,戦後エルサレムに赴いて割礼を受けアブラハム小辻になった。「小辻節三は単に人道的見地からだけでなく,宗教的・学問的見地からユダヤ民俗に共感し,同化した人物」(198ページ)だった。神戸滞在時幼少だったユダヤ難民女性がエルサレムで「……ノザキドオリ,ヨンチョウメ(野崎通四丁目)」と70年以上前住んでいた場所を覚えていた。

満州時代に知り合った憲兵隊員シラハマ・ヨシノリ(英語で書かれた小辻の自伝から)は密輸の疑いで逮捕寸前だったユダヤ人や不当な税に苦しむユダヤ人を助けたりしていた。のちに小辻が拷問を受けた時には救出してくれた。気になる存在である。

ユダヤ人コミュニティがあった満州ユダヤ人の国を作ることによってアメリカからの支援を取り付けようとした「河豚計画」は未解明ながら重要な伏線になっていた。

-関連エントリー
--北出明著『命のビザ,遙かなる旅路——杉原千畝を陰で支えた日本人たち——』→https://akamac.hatenablog.com/entry/2021/04/16/141350
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--キアラン・ファーヘイ著(梅原進吾訳)『ベルリン廃墟大全――ナチス,東西分割,冷戦…光と影の街を歩く――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20170811/1502459752
--ナチスの偽札づくりと卓球→https://akamac.hatenablog.com/entry/20170109/1483971328
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