436石井洋二郎著『科学から空想へ――よみがえるフーリエ――』

書誌情報:藤原書店,358頁,本体価格4,200円,2009年4月30日発行

科学から空想へ

科学から空想へ

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空想的社会主義科学的社会主義によって乗り越えられ,その科学的社会主義による社会実験は資本主義によって乗り越えられてしまったようにみえ,マルクス主義は誤謬を宣言され,思想としての共産主義は彼方に葬られてしまった。
著者は,空想から科学へのプロセスに問題の所在を見つけ,空想的社会主義者の一人・フーリエ(1772.4.7-1837.10.10)の思想的展開と同時代および現代の作家・批評家によるフーリエ論を俎上に載せた。
フーリエの代表的な著作(『四運動および一般的運命の理論』,『家庭的農業的協同体概論』,『産業的協同社会的新世界』,『愛の新世界』)の読解からは,「情念引力」と「絶対的隔離」をキーワードにして,自由競争と協同社会的競争の共存,理想都市ファランジュの提唱,恋愛と美食の学問的営為が跡づけられ,フーリエの特徴を「空想的資本主義」とまとめる。デューリングによって「狂気のあらゆる要素」と評されたフーリエの思想やマルクス・エンゲルスによって「空想的」と評されたことによって人口に膾炙してしまったフーリエ評価の再検討は多くの示唆に富む。日本と中国についての偏見,オーウェンとの違い(「修道院イデオロギー」(著者の言葉。126ページ)),フーリエの構想にもとづく社会実験の試みがあったこと,ピエール・ルルー(「資本主義」用語の最初の使用者:本書にはその指摘はない)やアドルフ・ブランキへの影響など評者にとって新知見であった。
ベンヤミンブルトン,バルトなどのフーリエ論は,本書後半の主題であり,著者のフーリエ論と重なる部分だ。フランスの「知の鉱脈」では,19世紀においてはフーリエ思想のもつ「磁力」が静かに浸透し,20世紀には「大きな波動」になったことが語られる。フーリエのテクストが醸し出す新たな創造性が魅力だという。「自分の頭脳に萌していることがらは,これまで誰も考えたことのないこと,少なくともこれまで誰も口にしたことのないことである。まったく新しいことを表現するためには,まったく新しい言語を自ら発明しなければならない。新たな言語を発明することは,新たな思考様式を創造することである。そして新たな思考様式を創造することは,いまある世界を根底から作り変えることにほかならない」(329ページ)。
型破りで倒錯した世界観を提示することで,空想のもつ過激な現実諷刺をやり遂げたフーリエは,たしかに文学論ではかくも大きな問題提起をしたのかもしれない。著者のフーリエ像からは「よみがえるフーリエ」の一筋が見えてくる。