499瀬木慎一著『国際/日本 美術市場総観――バブルからデフレへ 1990-2009――』

書誌情報:藤原書店,618頁,本体価格9,500円,2010年6月30日発行

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美術品は文化商品である。美術品は全世界で300-400億ドルの年間取引高だという。2010年の前半には,ジャコメッティの彫刻「歩く男性 I 」が5,800万ポンド(当時のレートで9,432万ドル)で,ピカソの絵画「裸婦,観葉植物と胸像」が9,500万ドルで落札された。(以上,瀬木「バブル崩壊から今日までの国際・日本美術市場の全貌――1億ドルのピカソ絵画とは?――」(藤原書店『機』No.219,2010年6月15日発行)による。)
1980年代以降に発表され,単行本未収録の文章を中心に編んだ,山口昌男著『山口昌男ラビリンス』(国書刊行会,2003年5月30日発行,[isbn:9784336045072])をつい思い出した。対象も本のサイズも違うが,20数年間の集積は,知のラビリンスと変容する美術市場を鳥瞰するにはもってこいだ。本書にはいまひとつ『新美術新聞』での連載「美術市場レーダー」(1991年3月から2010年3月)をもとにしているという一貫性がある。
中心テーマは美術品オークションだ。折しもバブルがはじけた時期から活況を取りもどす時期にあたり,最近加熱ぎみの中国市場を含め美術品市場の一喜一憂が描かれている。美術品にまつわるエピソードを織り込んでおり,かつて読んだ『西洋名画の値段』(新潮社,1999年12月25日,[isbn:9784106005763])と重なる内容も含まれている。好事家の興味を引くそうした市場状況だけでなく,著者は美術館と文化予算の有り様についての批評に多くのページを割いている。個人消費の拡大から文化・芸術の享受を一貫して主張していることは十分に読み取ることができる。
「文化を忘れた国家」(ある節のタイトル)への多くの批判は本書の骨格をなしている。美術市場を中心としつつも文化・芸術への熱い視線を感じることができる一書である。
「一つの時代の記録」(2ページ)としては貴重な記録とはいえ,それにしても高い(山口本は12,000円!)。美術市場本を読んで書籍市場の明日を考えざるをえなかった。