629石川梵著『鯨人』

書誌情報:集英社新書(0578N),254頁,本体価格780円,2011年2月22日発行

鯨人 (集英社新書)

鯨人 (集英社新書)

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未読(見)の写真集『海人』(新潮社,1997年9月,isbn:9784104191017)――『THE DAYS AFTER 東日本大震災の記憶』飛鳥新社,2011年6月,isbn:9784864100960,の記録者でもある――を見たいと思った。インドネシアのレンバタ島ラマレラが舞台である。400年前に遡るという伝統の銛一本で鯨(マッコウクジラ)を突いて仕留める。5月から8月までの4ヶ月間に,レンバタ島とチモール島にあるオムバイ海峡を回遊する鯨を捕る。インドネシアIWCに加盟していないため生存捕鯨として認められている範疇に入っていない。
数人乗りの船で櫂を漕いで鯨に近づく。間合いをとって銛の重みの反動を利用しながら全体重をかけて跳躍して銛を打ち込む。銛には綱がついており,鯨の急所である尾ビレの付け根目がけて銛を打ち込んでいく。海面・海中が真っ赤な血で染まる壮絶な人と鯨の闘いである。鯨一頭捕れば村人が二ヶ月はしのげたという。血の一滴,脊髄や歯にいたるまで村人に分配される。干し肉は行商でトウモロコシや野菜,生活必需品などと交換される。鯨は村の社会福祉の一環でもあり,貨幣の役割も果たしている。
『海人』が出た10数年前のドキュメンタリーであり,最近では銛打ち漁に代わる網漁を勧めたり鯨漁そのものに代わってホエール・ウォッチングの誘いもある。船にはヤマハの船外機が装着されるようになり,ラマレラの伝統捕鯨も岐路にさしかかっているという。
「すべての生きものは生きるために他者の命を奪う。それは殺戮ではなく,命の循環であり,尊い生の営みなのだ」(230ページ)。ラマレラの鯨漁は生きるためのものだった。いま間違いなく鯨人は過去のものになるのかどうかの転機に立つ。