461月刊『日本橋』2010年4月号,第372号

書誌情報:名橋「日本橋」保存会監修日本橋コミュニティセンター発行,92頁,本体価格224円,2010年4月1日発行

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日本橋に勤務しているS先輩から届いた。1979年に創刊された日本橋地区のタウン誌だ。日本橋の会員店(およそ200店)に置いてあり無料だが,年間3,500円で定期購読できる。
S先輩が送ってくれたのは,特集が「中央区立久松小学校」だからだ。「久松」の名があるのは,華族だった久松定謨(さだこと)(1867-1943)を筆頭とする寄付によっているからである。1873(明治6)年の創立というから3年後に開校140周年を迎える。夭折した立原道造,俳優の峰岸徹の母校だ。定謨といえば,秋山好古を伴ってサンシール兵学校留学を果たしたことについては「坂雲」(小説とテレビドラマ)でも描かれていた。松山での別邸だったのが萬翠荘
久松小学校と松山市番町小学校とは姉妹校である。定謨は番町小学校にも寄付をしており,姉妹校は定謨つながりによる。明治初期の初等教育機関の設立には華族など名士の寄付によったことが多く,久松小学校はその代表的な例といえる。子規はじめ河東碧梧桐柳原極堂高浜虚子番町小学校(設立当時は勝山学校)の卒業生である。
S先輩が2月に来松された時,萬翠荘を案内したのだった。こんな縁もあるとつくづく思う。
松山人としては,久松小学校←→定謨←→萬翠荘番町小学校だけでなく,さらに定謨←→「坂雲」←→好古の線も言及して欲しかった。13ページの紙数といい,中央区立久松小学校がテーマとなれば致し方ないか。